大判例

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最高裁判所第二小法廷 平成7年(オ)1346号 判決

上告人

株式会社第一住宅通商

右代表者代表取締役

髙山吉弘

上告人

株式会社豊和地所

右代表者代表取締役

萩田智久

右両名訴訟代理人弁護士

田原勉

被上告人

ファーストクレジット株式会社

右代表者代表取締役

西村親一

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人らの負担とする。

理由

上告代理人田原勉の上告理由について

一  本件は、第一審判決添付物件目録記載の土地建物(以下「本件土地建物」などという。)についての抵当権者である被上告人が、本件建物について賃貸借契約を締結した上告人らに対し、右賃貸借は被上告人に損害を及ぼすと主張して、民法三九五条ただし書によりその解除を求めるものであり、原審は、被上告人の請求を認容すべきものとした。原審の適法に確定した事実関係は、次のとおりである。

1  被上告人は、昭和六二年一一月二八日、上告人株式会社第一住宅通商に対し、二億円を、翌月から同八七年一〇月まで毎月二七日に約定の元利金を分割弁済すること及び約定の元利金の支払を一回でも遅滞したときは当然に期限の利益を失うこと等を約して貸し付け、同上告人所有の本件土地建物について右貸金債権を被担保債権とする抵当権の設定を受け、同六二年一一月三〇日に右抵当権の設定登記をした。

2  同上告人は、平成四年四月二七日、約定の元利金の支払を遅滞したため期限の利益を喪失し、被上告人に対する残元金一億八七四四万九六六八円及びこれに対する同月二八日から支払済みまで約定の年19.2パーセントの割合による遅延損害金の支払債務につき履行遅滞に陥った。

3  同上告人は、同年六月一二日、上告人株式会社豊和地所に対して、本件建物を、期間三年(同七年六月一一日まで)、賃料月額七二万円、保証金二〇〇〇万円と定めて貸し渡した(以下「本件短期賃貸借」という。)。

4  被上告人は、同四年一二月二四日、本件訴訟を提起した。また、被上告人は、同五年一月、本件土地建物について抵当権の実行としての競売を申し立て、これに基づいて競売開始決定がされ、本件土地建物について差押えの効力が生じた。

5  被上告人は、その後、本件短期賃貸借の賃料債権について本件抵当権に基づく物上代位により差押命令の申立てをして、これにより差押命令が発せられたが、三年分の賃料債権の全額(二五九二万円)が右差押え前に上告人第一住宅通商から岩本昇に譲渡されたと主張され、賃料の支払を受けることができなかった。

6  本件短期賃貸借は、通常よりも、賃料が一箇月当たり約二五万円低額であり、保証金が解約時の償却分も考慮すると約七〇〇万円高額である。本件短期賃貸借が存在しないとした場合における原審口頭弁論終結時の本件土地建物の価額は、被上告人の有する被担保債権の額を下回る一億五四〇〇万円にすぎないところ、本件短期賃貸借が存在することにより本件建物の価値は更に低下する。

二  原審は、右事実関係の下において、次のとおり判断した。

1  民法三九五条ただし書による短期賃貸借の解除は、抵当権に基づく物上代位による賃料債権の差押えが不能になるなどの理由によって抵当権者が直接的に損害を被る場合、又は、当該短期賃貸借の内容(賃料の額又は前払いの有無、敷金の有無、その額等)が通常の短期賃貸借の内容と比較すると抵当不動産の買受人にとつて不利益なものであるため、抵当不動産の価額の減少を招き、これにより抵当権者が間接的に損害を被る場合に認められるのであって、短期賃借権の設定それ自体により抵当不動産の価額が低下することから直ちに抵当権者の賃貸借解除請求が許されるものではない。

2  被上告人は、本件抵当権に基づく物上代位により本件短期賃貸借の賃料債権について差押命令の申立てをしたが、賃料の支払を受けることができなかったから、本件短期賃貸借は、抵当権者に直接的に損害を及ぼす。

3  本件短期賃貸借の内容は、通常よりも買受人に不利益であり、本件短期賃貸借が存在しないとした場合の本件土地建物の価額は被上告人の有する被担保債権額を下回る一億五四〇〇万円であって、本件短期賃貸借が存在することにより本件建物の価値は更に低下するから、本件短期賃貸借は、抵当権者に間接的にも損害を及ぼす。

三  しかしながら、民法三九五条ただし書にいう抵当権者に損害を及ぼすときとは、原則として、抵当権者からの解除請求訴訟の事実審口頭弁論終結時において、抵当不動産の競売による売却価額が同条本文の短期賃貸借の存在により下落し、これに伴い抵当権者が履行遅滞の状態にある被担保債権の弁済として受ける配当等の額が減少するときをいうのであって、右賃貸借の内容が賃料低廉、賃料前払、敷金高額等の事由により通常よりも買受人に不利益なものである場合又は抵当権者が物上代位により賃料を被担保債権の弁済に充てることができない場合に限るものではないというべきである。けだし、短期賃貸借の存在により抵当権者が被担保債権の弁済として受ける配当等の額が減少する場合には、右賃貸借の内容が通常よりも買受人に不利益であるか否かを問わす、原則としてこれを解除すべきものとするのが民法三九五条の趣旨であると考えられ、また、短期賃貸借が存在しない場合には抵当権者が物上代位により被担保債権の弁済に充てるべき賃料がもともと存在しないのであるから、抵当権者は、短期賃貸借の賃料を被担保債権の弁済に充てることができないとしても、右賃貸借が存在しない場合よりも不利益な地位に置かれるものではないからである。

四  なお、解除請求の対象である短期賃貸借の期間が抵当権の実行としての競売による差押えの効力が生じた後に満了したため、その更新を抵当権者に対抗することができなくなった場合であっても、短期賃貸借解除請求訴訟の事実審口頭弁論終結時において右賃貸借の存在により抵当不動産の競売における売却価額が下落し、これに伴い抵当権者が被担保債権の弁済として受ける配当等の額が減少するものである限りは、抵当権設定者による抵当不動産の利用を合理的な限度においてのみ許容するという民法三九五条の趣旨にかんがみ、裁判所は、右賃貸借の解除を命じるべきである。そして、このことは、差押えの効力発生後の右賃貸借の期間満了が右訴訟の事実審口頭弁論終結の前後いずれに生じたかを問わず、当てはまるものというべきである。

五  以上に基づき本件について検討するに、原審の適法に確定した事実関係によれば、原審口頭弁論終結時において本件短期賃貸借の存在により本件土地建物の競売における売却価額が下落し、これに伴い抵当権者である被上告人が被担保債権の弁済として受ける配当等の額が減少するということができるから、本件短期賃貸借は、抵当権者に損害を及ぼすものというべきである。また、本件短期賃貸借は、本件建物について差押えの効力が生じた後の平成七年六月一一日(本件上告の提起後であり、原裁判所から当裁判所への事件送付前である。)に期間が満了したため、その更新を抵当権者である被上告人に対抗することができなくなったものであるが、右の事情は、本件解除請求を妨げる事由に当たらないものというべきである。

六  以上によれば、被上告人の本件短期賃貸借解除請求を認容すべきものとした原判決の結論は正当である。論旨は、原判決の結論に影響しない点をとらえてその違法をいうか、又は独自の見解に立って原判決を論難するものにすぎず、採用することができない。よって、民訴法四〇一条、九五条、八九条、九三条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官大西勝也 裁判官根岸重治 裁判官河合伸一 裁判官福田博)

上告代理人田原勉の上告理由

第一点 原判決には判決に影響を及ぼすことが明らかな法令違反がある。

一 原判決は、民法三九五条但書による短期賃貸借の解除は賃料債権が第三者に譲渡されることにより抵当権の物上代位権に基づく賃料債権の差押えが不能となって抵当権者が直接的に損害を被る場合にも認められる旨判示する。

しかし、短期賃貸借の解除はその短期賃貸借の内容(賃料の額又は前払の有無、敷金又は保証金の有無、その額等)によりこれを抵当権者に対抗し得るものとすれば、抵当権者に損害を及ぼすことになる場合に認められるのであるから(最高裁平成三年三月二二日判決・民集四五―三―二六八)、解除請求の実体的要件である損害発生の有無は当該賃貸借契約の具体的内容を基準として判定されるべきものである。

賃料債権が第三者に譲渡されることによって抵当権の物上代位権に基づく賃料債権の差押えが不能となり抵当権者が損害を受けるといっても、このような損害を生ずる原因は債務者たる賃貸人の行為によるものであって、短期賃貸借の存在によるものではない。この場合債権者たる抵当権者としては詐害行為取消請求権を行使して損害を回復する法的手段が保障されているものであり(大審院昭和七年六月三日判決・民集一一―一一六三)、他方、原判決によると賃借人は賃貸人による賃料債権の譲渡という自らの関与しない事情によって賃貸借契約までも解除されて建物に対する占有権原を喪失するという重大な不利益を受けるものである(最高裁平成六年三月二五日判決・判例時報一五〇一―一〇七)。

原判決は「損害」の内容を不当に拡大することによって短期賃貸借制度そのものを否定するに等しいものというべきである。

二 次に、原判決は、本件賃貸借契約の賃料(月額七二万円―乙一)が通常の賃貸借契約に比較して不当に低額であり、競売の買受人に不利益を与えることから本件建物の価額の低下を招くとして間接的にも本件根抵当権者たる被上告人に損害を及ぼすものであるとしている。

原判決は本件建物とその周辺の貸事務所の物件情報(乙五の一・二)の賃料事例と比較して本件賃料を不当に低額であると断じているが、そもそも上告人らが自らに不利益となる証拠を提出することはあり得ないことであり、上告人らとしては本件賃料が近隣の賃料相場と比較しても不当に低額ではない事実を立証するために右の証拠を提出したものである。不当に低額という評価ができるのは一般的に通常の半額以下の場合であり、この点からすると本件賃貸借契約の保証金二〇〇〇万円も著しく高額ということはできないであろう。しかも、物件情報記載の賃料は貸主側の希望にすぎず、特にバブル経済崩壊後のテナントビルの収益性が入居者の激減により大巾に悪化していることから現実に成約される賃貸借の条件も貸主側に一段と厳しいものとなっていることを考えると(不動産鑑定評価書七頁参照)、原判決のような単純な比較は到底できないものというべきである。因に、平成七年一月二四日公開された別紙物件情報によると、近隣テナントビルの坪当りの月額賃料は一万五〇〇〇円で、この単価で本件建物(39.25坪)の賃料を算定すると月額約五九万円となり、現行の賃料を下回っているのである。

更に、本件賃貸借契約には賃料の前払(最高裁昭和三四年一二月二五日判決民集一三―一三―一六五九)や賃借権の譲渡・転貸自由といった賃貸人に不利益を与える特約も存在しないのであるから、前記最高裁の基準からみても抵当権者(買受人)に損害を及ぼすものとは認められないというべきである。

なお、原判決は保証金の引受けに関する紛争が不可避となることを建物価額低下の原因としているが、この点は短期賃貸借が競売による売却によって効力を失わず買受人の引受けとなることを認める民事執行法の原則と現行の不動産競売の実務上(乙八―物件明細書の備考欄参照)一般的に生じる問題であって、本件に特有のものではない。

三 以上のとおり、原判決は短期賃貸借の解除に関する民法三九五条但書の解釈・適用を誤ったものであり破棄されるべきである。

(追記)

本件建物賃貸借契約は競売開始決定による差押えの効力発生後である平成七年六月一一日の経過により更新されることになるが(甲一・乙一)、更新後の賃借権は抵当権者に対抗することができなくなるため、被上告人の本件解除請求も理由が無くなるものである(被上告人勝訴の本件判決が確定した場合、その後の競売による売却に伴い賃借人である上告人株式会社豊和地所に対し引渡命令が発令される可能性がある)。

(別紙広告チラシ省略)

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